東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)296号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は正当であつて、原告がその取消事由として主張するところは、以下説示するとおり、すべて理由がないものというべきである。
成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)、第三号証(昭和五八年六月一日付手続補正書)及び第四号証(昭和五八年一二月二八日付手続補正書)を総合すると、本願発明の明細書には、「本発明は電気化学反応装置の改良、特にこのような装置に使用する改良された電極に関する。電気化学反応装置は種々の方法に使用され、従つて非常に多くの異なつた構造のものが使用されている。このような方法の中には電気化学合成、電気分解、電気精練、電解採取、電気や金、化学種の電気的発生、廃棄物の電気化学的処理等がある。電気化学反応装置の効率は電極の特質に著しく関係しているが、特に電極の表面と電極表面上の電位の分布に関係する。もし電解液と接する表面の面積が最大のものであれば、電極は大量の転送電束を発生させることができる。」(甲第二号証第一一頁第一〇行ないし第一二頁第二行)、「本発明の目的は、体積に対する表面積の率が高く、良好な電位分布特性をもつ電気化学反応装置用の改良電極を提供することにある。従つて、本発明は互いに近接する複数の炭素繊維を有し、それぞれの繊維が少くとも数個の他の炭素繊維と電気的な接触をもち、反応装置中で電極が作動中、電位が実質的に電極全体から転送されるようになつた電気化学反応装置に使用する電極を提供する。」(甲第二号証第一四頁第一行ないし第九行及び同第三号証第五頁第一行ないし第四行)、「ここに記載する炭素繊維電極は、主としてそれぞれの繊維の電気抵抗が無視し得る程に小さいことのために、繊維中に実質的に不変の電位が得られるという点と、さらに電極にこれらの繊維を使用することによつて非常に大きな表面積が得られるという点とにおいて極めて有効なものである。」(甲第二号証第一八頁第二行ないし第八行及び同第三号証第六頁第九行ないし第一一行)及び複数の炭素繊維を束状構造とした電極の使用態様を図示したことの明らかな第1図に関する説明として、「電極26は次のように構成される。最初、炭素繊維は主部30内に位置され、次いで頂部機構34が主部30の最上部に噛み合される。便宜のため、炭素繊維はきつく束にして長さは主部30と同じ位にする。……枠体29の中に充分つめ、枠体の一端に圧縮負荷を与えると、繊維は互いに接触し、これによつて繊維間の電気的接触を保証する。」(甲第二号証第一六頁第一一行ないし第一七頁第四行及び同第三号証第五頁第一二行ないし第二〇行)との記載のあることが認められ、これらの記載内容に前掲甲第四号証中の本願発明の特許請求の範囲の記載(前示の本願発明の要旨と同じ。)とを総合すると、本願発明は、いずれも体積に対する表面積(電解液との接触面積)の率が高く、良好な電位分布特性をもつ電気化学反応装置用の改良された電極を得ることを共通の課題として、その解決のために、電極材料として炭素繊維を用いたうえ、それぞれ、「電極として作用する部分で複数の炭素繊維を互いにほぼ平行で電気的に接触し、繊維の全部または少なくとも大部分が束縛されていない」構成(本願第一発明)、「繊維はとびとびの位置で束ねて接触を与え、繊維を束ねた位置の中間では束縛されずゆるくなつている」構成(本願第二発明。第6図参照)、「(本願第二発明に係る構成の炭素繊維電極)を電解液の流れに対してほぼ直角方向に設置する」構成(本願第三発明)、右のような炭素繊維が「金属で被覆された金属フイラメントである」構成(本願第九発明)などの構成を採用したものと認められる。ところで、原告は、本願発明において「電気化学反応装置」というのは、原料(反応物)を供給して化学反応により生成物を得るための装置であり、電解液の流動が重要な電気化学反応工程に使用される装置であるから、本願第一発明を含む本願発明は、いずれも電解液の流動の存在を前提としたものであつて、乾電池等のように固定的ないし静的状態で使用されるものを意味するものではない旨主張するので、この点について検討するに、確かに、前掲甲第二号証ないし第四号証によれば、本願発明の明細書には、原告が指摘した電解液の流動を前提とした装置に関する記載のあることが認められ、本願発明の実施例として記載されているところは主として電流によつて電気化学反応を生起させる方法についてのものであるが、成立に争いのない乙第一号証(昭和三六年七月一五日初版発行の「化学大辞典」第六巻第二四一頁)によれば、電気化学反応とは電気エネルギーと化学変化との関係を取り扱う化学反応の一つを指称するものであつて、電気化学反応の結果として、電解という現象と電池という装置が実際に得られることが一般的に理解されているものと認められる(なお、成立に争いのない乙第二号証(日根文男著「電気化学反応操作と電解槽工学」第一八七頁)は、優先権主張日後の発行に係るものではあるが、それにも、「電気化学反応操作には二つの目的が含まれている。その一つは………『化学反応の推進に電気エネルギーを使用する』電解操作であり、いま一つは『化学反応の進行に伴う遊離エネルギー変化を電気エネルギーに変換する』電池である。」との記載がみられる。)ところ、前掲甲第二号証ないし第四号証によると、本願発明の明細書には、「電気化学反応装置」の意義を限定する記載は何ら認められないから、本願発明における「電気化学反応装置」の語は、上記の一般的な技術用語の理解に従つて解するのが相当である。そうすると、本願発明のうち、特許請求の範囲の記載文言上「電解液の流動」を前提としていないことが明らかな特許請求の範囲第1項及び第2項にいう「電気化学反応装置」には電解装置のみならず電池をも含むものと解すべきである。なお、電気化学反応装置においては、電池でも電解装置であつても、導電性電極が電解液と接触して電気化学反応を行うものである以上、電極と電解液との接触は電気化学反応速度及び反応効率を左右する事柄であるので(このことは、前掲乙第二号証、成立に争いのない乙第五号証の一ないし六、乙第六号証の一ないし三及び乙第七号証の一ないし三から明らかである。)、前示の本願発明の課題及びその解決手段は、電池用の電極にも、また、電解装置用の電極にも共通した事柄であるというべく、この点からしても本願第一発明及び本願第二発明の「電気化学反応装置」に電池を含ませて理解することに何ら妨げはないというべきである。原告は、社会通念上、「電気化学反応装置」とは、電解操作を目的とした反応用の装置に限られる旨主張するが、これを裏付けるに足りる証拠はなく、かえつて、前認定のとおり、技術用語としては、「電気化学反応装置」には電解装置のみならず電池をも含ましめていることが明らかであるから、原告の右主張は採用の限りでない。一方、成立に争いのない甲第五号証(引用例。これが、優先権主張日前に日本国内において頒布されたものであることは、原告の明らかに争わないところである。)によれば、引用例記載の発明は、炭素又は黒鉛繊維の単数あるいは多数をもつて構成し、又はこれら繊維の表面に金属の薄膜被覆処理を施した導電性電極に係るものであり、その発明の詳細な説明の欄には、「本発明は導電性電極に係り、特に乾電池や蓄電池或は放電加工用電極等を含めてひろく一般の導電性電極として炭素または黒鉛繊維を用いたものである。」(第一頁発明の詳細な説明の欄冒頭から第四行)、「炭素又は黒鉛繊維の単数又は複数をもつて構成し、複数の場合は束状或は撚り合わせた紐状織布状又は網状等を施して電極表面積対電極容量比を著しく増大せしめて乾電池や蓄電池電極として電池作用を有効ならしめ電池の重量を軽減せしめうるものである。尚更にこれら炭素又は黒鉛繊維に亜鉛や鉛を蒸着等薄膜被覆処理を施して電気導電度を高めて用いることもできる。」(第二頁左上欄第三行ないし第一〇行)、「電池容量に応じて所要電極表面積をみたすだけの繊維の直径長さ及び繊維多数をもつて束状、紐状、織布状及び網状等の形態として所定部に電極端子を固着して蓄電池用電極として用いるのである。」(第二頁左上欄第一五行ないし第一九行)及び「以上は電池用電極放電加工用電極について述べたが、その他導電性電極としてひろく用いることができる。」(第二頁右上欄第八行ないし第一〇行)との記載のあることが認められる。引用例の右の各記載内容に徴すると、引用例には、電極材料として炭素繊維を用い、それらの複数本を束ねて用いることにより、電極容量当りの電極表面積が大きいという電極特性をもつ導電性電極を構成でき、この構成による炭素繊維電極は電池用電極及び放電加工用電極としてのみならず、その他広く一般の導電性電極として使用できるものであることが十分に開示されているものというべきである。したがつて、当業者としては、引用例からそこに記載された炭素繊維電極が導電性電極と電解液とが直接接触するような電気化学反応装置用の電極として広く使用できることを容易に理解し得るものと認められる。右認定したところに基づき、本願第一発明と引用例記載の発明とを対比すると、本件審決認定のとおり、両者は、「電気化学反応装置の電解液中に電極が使用されたとき電気化学反応を生じさせる装置において、電極として作用する部分で複数の炭素繊維が互いにほぼ平行で電気的に接触している点」(複数の炭素繊維が束状にまとめられ炭素繊維が互いに電気的に接触している状態)で共通しており、本願第一発明においては、右の炭素繊維について「繊維の全部又は少なくとも大部分が束縛されていない」と規定されている点において引用例記載の発明と相違することは明らかである。そして、前掲甲第二号証及び第三号証の本願発明の第1図、第4図、第4a図、第5図、第6図及び前認定の第1図に関する説明記載、更に、前示特許請求の範囲第2項で「とびとびの位置で束ね……繊維を束ねた位置の中間では束縛されずゆるくなつている」構成を別に規定していること等を総合勘案すると、本願第一発明の「少なくとも大部分が束縛されていない」との構成の意味するところは、複数の炭素繊維を束ねたうえ一箇所を縛つた構成あるいは両端を縛つた構成のものにおいて両端部分を除いた大部分が束縛されていない構成をいうものと理解するのが自然である。そうすると、炭素繊維を束状にして導電性電極として用いることが引用例に開示されている以上、「束状」を作るに当たつて中央部を一箇所縛つたり、あるいは繊維の両端を縛ることは極めて容易になし得ることといわざるを得ない。また、本願第二発明と引用例記載の発明とを対比すると、本願第二発明においては炭素繊維が「とびとびの位置で束ね……繊維を束ねた位置の中間では束縛されずゆるくなつている」と規定している点のみで相違しているものと認められるが、本願第二発明が規定している構成は、前示第6図に示されたような態様のものをいうものと理解されるところ、このような束ね方は、引用例に開示されたところの、電極容量当りの電極表面積が大きいという電極特性をもつ導電性電極を得るために複数の炭素繊維を束状にして用いる技術的思想を踏まえて、ほぼ平行に束ねられた炭素繊維を多数箇所で縛ろうとするときに通常考え得る一態様にすぎないものと認められる。また、本願第三発明においては「とびとびの位置で束ねた炭素繊維の電極を電解液の流れに対してほぼ直角方向に設置する」構成が規定されているが、電気化学反応装置においては、導電性電極のより大きい表面積に電解液を装置においては、導電性電極のより大きい表面積に電解液を接触させることが望ましいことは前説示のとおりであるから、電解液を流通させる装置においてその電極を電解液が通るように構成する場合には、右の目的ないし課題の観点からしても、その電極を流れに対してほぼ直角方向に設置することによつてその電極を電解液が通りやすくすることは、当業者が適宜なし得る程度のことというべきである。更に、前認定の事実から明らかなとおり、本願第九発明にいう「金属フイラメント」は、金属で被覆された炭素繊維をいうものであるところ、引用例には複数の炭素繊維の表面に金属の薄膜被覆処理をしたものを束ねて導電性電極とすることが開示されているから、金属で被覆された炭素繊維を束ねて本願第九発明のような電極とすることは容易に想到し得るものというべきである。以上検討したところによると、本件審決における本願第一発明ないし本願第三発明及び本願第九発明と引用例記載の発明との共通点及び相違点の認定並びに相違点についての認定判断は正当であり、原告主張のような相違点の看過及び相違点についての認定判断の誤りはないから、これらの点についての原告の主張はいずれも採用できない。更に、前説示のとおり引用例には、電極材料として炭素繊維を用い、それらの複数本を束ねて用いることにより、電極容量当りの電極表面積が大きいという電極特性をもつ導電性電極を構成でき、この構成による炭素繊維電極は電池用電極及び放電加工用電極としてのみならず、その他広く一般の導電性電極として使用できるものであることが十分に開示されているものと認められるから、原告が、本願発明の効果として主張することは、引用例記載の発明に基づいて当業者が当然予測し得る事柄であつて、格別の効果とは認められない。したがつて、本件審決が、本願第一発明ないし本願第三発明及び本願第九発明の効果について「予期し得る程度のものにすぎない」と判断したことにも何ら誤りはない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 電気化学反応装置の電解液中に電極が使用されたとき電気化学反応を生じさせる装置において、電極として作用する部分で複数の炭素繊維が互いにほぼ平行で電気的に接触し、繊維の全部または少なくとも大部分が束縛されていないことを特徴とする電気化学反応装置用電極。
2 繊維はとびとびの位置で束ねて接触を与え、繊維を束ねた位置の中間では束縛されずゆるくなつている特許請求の範囲第1項記載の電気化学反応装置用電極。
3 繊維は電解液の流れに対してほぼ直角方向に設置される特許請求の範囲第2項記載の電気化学反応装置用電極。
4 電気化学反応装置の電解液中に電極が使用されたとき電気化学反応を生じさせる装置において、互いにほぼ平行で電気的に接触する複数の炭素繊維を収容し、繊維の上端を外部電源と接続する頂部機構と、閉じた底部とを備える枠体を含み、繊維は枠体とほぼ同じ長さで枠体内で束縛されず、前記頂部機構は繊維に縦方向から圧縮力を与えて個々の繊維を互いに接触させ、前記枠体は炭素繊維をよぎつて電解液が移動しうるための入口と出口とを持つ、電気化学反応装置用電極。
5 電気化学反応装置の電解液中に電極が使用されたとき電気化学反応を生じさせる装置において、互いにほぼ平行で電気的に接触する複数の炭素繊維を上端で外部電源に接続する頂部を持つ枠体に縦方向に収容し、繊維は枠体とほぼ同じ長さで枠体内で束縛されず電解液の流れの中で自由に屈曲し、前記枠体は炭素繊維をよぎつて電解液が移動するための入口と出口とを備えている電気化学反応装置用電極。
6 電気化学反応装置の電解液中に電極が使用されたとき電気化学反応を生じさせる装置において、電解液の入口と出口とを備える枠体中に収容され、互いにほぼ平行で電気的に接触する複数の炭素繊維の一部が、前記枠体の外方に延びて外部電源と接続する端子となる電気化学反応装置用電極。
7 枠体は傾斜して設置され、上方端に電解液入口を、下方端に電解液出口を設けた特許請求の範囲第6項記載の電気化学反応装置用電極。
8 枠体は水平方向に設置され、上方に電解液供給口に通ずる多数の小孔を設け、下方に電解液出口を設けた特許請求の範囲第6項記載の電気化学反応装置用電極。
9 炭素繊維は金属で被覆された金属フイラメントである特許請求の範囲第1項ないし第8項のいずれか一項の電気化学反応装置用電極。
(別紙図面参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
(別紙)図面
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